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五の早切りは一四、六九か

五の早切りは一四、六九と俗に言う。
これは二三五や、五七八という牌の並びを残しておいても受け入れの面でメリットは無く、
遊び牌の五をいつまでも抱えていても後々危険牌になるだけであるから、
五を先切りして一四、六九というスジを早々に確定するという牌理に基づくものである。

序盤で四五五や五五六から五を先切りする打ち手もなかなか居ないだろうから、
五の先切りは一四、六九というのは一定の市民権を得たセオリーと言えよう。

ところが筆者は近頃の赤全盛のルールにおいて、このセオリーも変容しつつあると考えている。
まずは以下の手牌を見てみよう。

東1局 平場 西家 4順目 ドラ 九索
二萬三萬五萬三筒四筒五筒五筒六筒五索六索七索八索九索北

なかなか牌姿の整ったリャンシャンテンで、先制パンチを打つには絶好の手だ。
昔だったら、こんな手は遊び牌の五萬を抱えている意味は無いからさっさと切って、
安全牌の北を残すなんてのがセオリーだったと思うが、今はどうか。

この手から北を切るのは安全牌を抱えずノーガードになってしまい、危険なように見える。
しかし、ここで五萬を離し、スジを一四萬に固定してしまうとどうなるか。

近頃は赤ドラ入りのルールが殆どであるから、他家からの一九の出が殊に早い。
赤ドラ無しのルールに比べて、一九が枯れるのが早くなりがちなのだ。
やっとテンパイまで漕ぎ着けて気づいたら、一九がもう在庫僅少ということも少なくない。

然るに、せっかくのリャンメンテンパイでも実質上はペンチャン待ちを強いられることとなり、
この頃は一四や六九は端にかかった良い待ちとは言えなくなってきているのではないか。

従って、ここから五萬を切らずに残しておくという牌理があり得るのだ。
ここで五萬を残しておけば、一萬が枯れても六萬を引けば三萬、二萬と離していけば良いし、
あなたにラッキーがあれば赤五萬をツモることだってあるやも知れぬ。
ツモ六筒ときたら五筒を切り、三六万への渡りを残しつつ、
四七索が先に入ったら五萬を切ってリーチと出る。
赤入りルールでは早い段階で五を離すことは機会損失につながるのだ。

すなわち、早い段階で五の切られること自体が少なくなってきているということになるのだが、
そんな事情がある中で早い段階で五を離す打ち手はどういう打ち手か。

早い段階で五が必要ない役はチャンタ、トイトイ、チートイツ、一色役、国士無双だろう。
このうちスピードも打点も割損なチャンタ役を除くと、残るは一癖ある特殊役ばかりとなる。
五の早切りは特殊役というのが近年のセオリーであるように筆者は思うのだ。
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手が悪いときはブラフを効果的に用いる

麻雀は4人でアガリを競う競技である以上、自分がアガれる回数は4回に1回と決まっている。
これは東風戦なら1回、東南戦なら2回ということになるから、自分のアガリ番というのはかなり貴重だ。

然るに、残りの4分の3はアガりたい気持ちをこらえ、ツキが回ってくるまで耐えて忍ぶ事となる。
しかし君がベタオリすることを他家に悟られると、他家はアガリに向かって真っ直ぐ不要牌を切ってくる。
これでデカいのをツモられてしまったら、これほどつまらないことはないだろう。
今回は、自分の手が悪い時に少々役に立つテクニックを紹介しよう。

東局の北家、ドラは南、君のもらった配牌は以下の様相である。

三筒四萬五萬赤二索四索六索八索九索南西西北白

完成面子はひとつもなく、カンチャンで穴ぼこだらけのひどい手だ。
特急券も頭を揃えておらず、アガるまでにいったい何順かかるか分からない。
今回ばかりは名手の君がいかにうまく手牌を指導してもアガリは難しそうだがどうするか。

このような時は四萬や赤五萬から切り出してゆくのが正解だ。
索子や字牌が出たら鳴き、ダメでもともとの一色役を目指していこう。

君の手はバランバランで話にならないのだから、
架空の一色役を立ち上げ、張子の虎で他家を脅しつけるのだ。
そのためには赤ドラ含みの両面ターツから切り出し、捨て牌でチャンス手を演じるのがよろしい。
君がアガれなくても、他家の進行を妨害できればそれで十分だし、
張子の虎が本物の虎になることだってあるやも知れぬ。

いずれにせよ、普通のメンツ手を目指しても遅くて安いのだから、
ここは思い切って奇策に打って出るべきだ。

東局 平場 子方 1順目 ドラ 一筒

三萬六萬八萬一筒一筒五筒七筒四索七索九索西北中

このような手も、ドラポンで仕掛ければ、他家は役牌バックや対々和を警戒し、関連牌を絞ってくる。
これが他家に対する枷になり、回し打ちをさせるように仕向ければ君の演技は上々である。

ブラフというのは麻雀劇画の主人公が用いるような特殊技能と思われがちだが、
実のところは誰にでも使えるごく一般的なテクニックである。
ただ、本当はバラバラと悟られてしまっては台無しだから、
君は神妙な面持ちでポーカーフェイスを作り、第一打から流局までそれを貫くこととしよう。

東局 平場 子方 12順目 ドラ 五筒

三萬四萬一筒四筒六筒六筒八筒九筒三索五索東西北 出る 二萬

対面がリーチ、脇の二人はベタオリ気配として、
ここで君も白旗を揚げてベタオリしてしまうと脇の二人を楽にしてしまう。

ここは上家から出た二萬を鳴き、ファイティング・ポーズをとるのだ。
(もちろん、最後まで降り切れる牌を持っていることが前提である。)

こうすれば場が一気に緊迫し、「リーチに向かっていくとは何ぞや。
手中にドラでも抱えているのか。」と脇の二人は警戒する。
これが彼らにとって精神的な負荷になり、状況判断に迷いが生じて、
ミスを犯してドボンしていただければ、次局は君の方に風が吹くはずだ。

ヤオチュー牌のドラの処理方法

配牌作業の後、ドラをめくるとヤオチュー牌だった場合はガッカリしてしまう。
ヤオチュー牌は言わばクズ牌だからメンツを構成する見込みの薄く、
リーチ、ピンフ、クイタン、いずれにせよ使いづらい。
ドラを組み込んでのお手軽マンガンが望み薄くなり、君はこの局、我慢を強いられ面白くないのだ。
もっともそれは他家にとっても同じであるから、つまらない思いをしているのは皆同じなのだが、
ヤオチュー牌のドラは使い勝手が悪く、五に寄せて手を作る赤ドラ麻雀が標準の近代では
歓迎されていないことは確かである。

然るに、ヤオチュー牌のドラには未練を持たず、序盤でサッと切ってしまうのが賢いと私は思う。
「親の字牌ドラ第一打」なんてセオリーを知ってる人はかなりのオールドファンだろうか。
親番ではまずは連チャンせねばならないから、後々トイツになっても後悔したりせず、
ヤオチュー牌のドラに足を取られてのスピードダウンを回避すべきである。

東局 平場 親 1順目 ドラ 九萬
二萬四萬九萬三筒四筒四筒五筒三索五索五索八索八索白中

さて、こんな感じで配牌からドラが浮いている。
こんな時は切り順の大原則があることを覚えておいて欲しい。
これは先に九萬から切り、役牌はその後で処理するのがセオリーだ。

仮に他家にこんな手が入っていたとしたらどうだろう。

裏裏裏裏裏裏裏裏裏九萬九萬東白

ここで九萬を仕掛けると、まずクイタンの可能性が消える。
残る可能性は役牌バック、一色役、対々和、いずれも満貫以上の大物手だから役牌が引っ込んでしまう。
まだ役牌も重なっているわけでないからアテにならないし、九萬を頭にしてのピンフ、
あるいは役なしをリーチで補うということも考えなければならぬ。
従って、九萬から先に切られた場合、他家は渋々見送るというケースが多くなるのだ。
もしここで九萬の処理を後回しにし、その一順で役牌を重ねられてしまったらこれは大変な災難である。

だが麻雀にこの一手なしと言われるように、毎度毎度の馬鹿の一つ覚えというのは禁物である。
例えば以下のような配牌だったらどうか。

東局 平場 親 1順目 ドラ 九萬
一萬三萬五萬六萬六萬九萬三筒四筒七索八索東白發發

この手の場合は親の字牌ドラ第一打、で九萬から切るのはまずい。
手牌をよくよく見ると混一色や一気通貫の可能性がある。
従って、ここはヤオチュー牌のドラを生かせるような手作りを考えるべきだ。

クズ牌を蔑ろにした結果、捨て牌で混一色や国士無双を作ってしまった経験は誰しもお持ちだろう。
セオリーというのはあくまでも状況に拠り、場の趨勢を加味するということを忘れないで欲しい。

降りるということ

唐突だが、降りるということはどういうことだろうか。

藪から棒にそんな事を言われても・・・と困惑する読者も多いだろうが、
まずは降りると言う事について考察してみよう。

降りるということは自分の点棒を守ることです。
降りるということはアガりたい欲求を我慢し、己に打ち勝つ事です。
降りるということは勝つために必ず必要となることです。

とまぁァ、こういった例が模範解答ということになると思う。

何も考えず向こう見ずで突っ走るのは麻雀を覚えたての初級者であろう。
何が何やらわけが分からず、めくら滅法に攻め続けたことはほとんどの読者が経験していると思う。

そして初級者からランクがひとつアップすると、今度は降りるということを覚える。
今までやってきた猪突猛進の攻めはもう怖くて出来なくなるのだ。

そうすると彼または彼女は何か悟ったかのようにしたり顔をする。
何やら得意気にしているその表情は、降りる人は賢者で、降りない人は愚者であるとでも言いたげである。

なるほど確かにめくら滅法に突っ込むものは愚者だ。
俗に言うところのATMとか、カモと呼ばれるものであろう。
だが私からすれば、降りることが唯一無二の叡智に達する方法だと考えている人もまた愚者に思えるのだ。

何せ降りてしまうと自分には一切点棒が入ってこないのである。
サッカーであれば、いつまでも守り続けていても結局0点のままだ。
ボクシングであれば、亀のようにガードを固めていても相手は何のダメージも受けない。

ところが攻めの場合はどうか。
攻めに行って失敗しても0点で、少なくとも君の失点にはならず、
成功すれば今度はなんと得点がもらえるではないか。

無論、カウンターを取られ失点という場合もあるにはあるが、
相手の攻めを差し返して反撃するというのは技術的に容易いことではない。

相手のリーチを受けながら手を進めるのはなかなか骨が折れ、技術的にも高度な要求だろう。
従って、原則的には攻撃は最大の防御となる場合が多いのではないか。

ということはどうだろう。
守るという行為よりも、攻めるという行為の方が明らかに得だとは思わないだろうか。

つまり勝負事における理想の状態とは、こちらが主導権を握り、
相手を攻撃し続け、相手を受けに回らせることにあるのではないか?

従って、本ブログでは守りは必要最低限のみ、
どうしても仕方ない場合だけ降りる、というスタンスを取りたい。

本ブログで攻撃に関する記事が多く、守備に関する記事が少ないのはそこに理由がある。
こちらが相手を威圧し、相手に降りていただければあとは君の独壇場だ。
麻雀というのはこのペースになるのが一番いい。君は卓上の独裁者である。

他の全員が脱落した卓上というのは一人で麻雀をやっているのと同じことであるから放銃の恐れもない。
あとは落ち着いてツモアガリを狙おうではないか。

先にも述べたように、攻撃と守備とでは攻撃のほうが明らかに得である。
従って相手から攻撃という選択を取り上げ、自分が攻撃という選択を多用することが望ましいのだ。

ということはこの麻雀というゲーム、いかに自分が降りず、いかに相手を恐怖させ、
いかに相手に降りていただくかを考えることが必勝法ということになるのではないだろうか。

---

と、ここまで書くといかがですか。
守備型の雀士の皆さんはお気を悪くされたのではないでしょうか。

だが誤解しないでいただきたい。
筆者は降りそのものを軽蔑しているわけではないのである。

降りるということは勝ち組に回るためには絶対に必要なものだ。
降りることを知らなければいくら点棒があっても足りないだろう。

攻めて負け、守って負けと俗に言う。
ヘタに攻めるものは負け、ヘタに守るものも負けるという意味だ。

放銃のリスクを背負って攻めることは決して悪いことではない。
アガリを放棄して降りてしまうことも決して悪いことではない。

盾と矛の操り方、すなわち押し引きについてはまた別途機会を設けて
じっくりウンチクを並べさせていただく所存である。

今回は出来るだけ攻撃の機会を多く、守りは必要最低限、
ということだけご理解いただければ十分だろう。
プロフィール

山猫@ニャー

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